中国で需要が旺盛なのは
政策的なテコ入れ
中国の経済活動を判断する上で参考になるのは、貿易統計だ。直近である2022年12月の中国の貿易統計によると、銅地金・製品輸入は前年比14.6%増の51万4049トンで、過去5年の平均を維持している。
コモディティの場合、好不況の判断基準は、同じ時期の過去5年平均との比較が多い。このため、2022年12月の水準が「ゼロコロナ解除前」に上回っているということは、中国の原料調達需要が旺盛であることを示唆している。
また、精錬銅の原料である銅鉱石・コンセントレートの輸入は、前年比2.1%増の210万3029トンで、過去5年の最高水準で推移している。
精錬銅生産は22年11月が直近データのものとなるが、同22.5%増の111万5000トン。生産と輸入を合計した供給量は、22年11月が前年比16.5%増の165万5000トンで、こちらも過去5年の最高水準に達している。
これら一連の中国の銅地金・同原料輸入の増加と国内生産の増加は、中国の需要が急回復していることを示唆している。しかし、これをもって今後も銅価格が上昇する、と判断するのは早計だ。
足元で騰勢を強めている銅価格は、特殊要因がいくつも重なった結果といえるだろう。
まず中国で需要が急回復したのは、ゼロコロナ政策解除による「リオープン」「リスタート」を前提に、中国政府が昨年決定した不動産セクターの資金繰り支援を中心としたテコ入れ策の実施による期待需要の増加が寄与しているとみられる。
次に、新型コロナウイルス禍やウクライナ危機によるエネルギー供給制限の影響で供給が長らく不十分だったため、「有事のバッファ」であるLME在庫が歴史的低水準だったことも大きい。さらに、例年よりも早めの春節入りを受けた在庫積み増しの動きも加わった。
これらは短期的な相場の上げ材料にすぎず、中長期的な価格トレンドを示すものではないだろう。
中期的には銅価格は下落
今秋に景気の底を打つ公算
銅をはじめとするコモディティー価格動向を占う上ではプライオリティーがある。まずは需要動向、次いで供給状況が重要だ。
「たくさん生産したので売る」という判断は原材料、特に1次産品の場合は通常行われない。あくまで需要動向を受けて、増産するかどうかの判断が行われる。
景気が減速して需要が減少した場合、鉱物資源は生産国政府との取り決めもあり、急に減産をすることが困難だ。需要減少に対しては、時間を掛けて生産調整が行われるため、この間、価格は下落することになる。このため、中期的な価格の決定要因として重要なのは、経済動向なのである。
では、銅価格は中期的にどのように推移するのだろうか。やはり最大消費国である中国の景況感が重要になる。
景気の判断材料として用いることが多い製造業PMI(購買担当者景気指数)を見てみると、直近2022年12月の中国製造業PMIは、総合指数が47.0と前月の48.0から減速し、好不況の閾値である50を下回った。新規受注や生産指数などのサブインデックスも全て閾値の50を下回っており、決して中国製造業の状況が良いとはいえない状況だ。
また、中国の「貿易相手」である欧米も景気は減速方向にある。これにより、輸出需要に加え、「加工するための原料を輸入する需要」も鈍化が予想される。このことは、中期的に銅価格の下押し要因となり得る。
景気循環を考慮すると、今年の秋頃までは銅価格の調整圧力が強まることになるだろう。その頃に景気は底を打ち、再び需要の回復期待が強まる形で再び銅の価格は上昇すると予測している。
脱ロシア、脱炭素、脱中国…
3つの「脱」で長期的に価格上昇か
では、長期的な銅価格のトレンドは、果たしてどうなるのか。今年以降の価格動向を占う上でカギになるのが3つの「脱」。脱ロシア、脱炭素、脱中国である。
ロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに進む脱ロシアは、西側諸国を中心にロシア産のガスや原油の調達を終了させる計画が進行している。この場合、その他の地域で生産される天然ガスを液化してLNG(液化天然ガス)として船で運んだり、新たに油田を掘ったりする必要性が出てくる。
ただ、ロシアのガス・石油の生産量は大きく、既存の生産能力でこれを置き換えることは不可能だ。また、エネルギーの受け入れ側においては、例えばドイツでは浮体式のLNG受け入れターミナルの建設が進むなどインフラ投資が増加している。
これに対し、エネルギー供給側も米国を中心にLNGの輸出キャパシティの拡大を急いでいる。このように、ロシア産の化石燃料を置き換えるにしても、新たにインフラ投資を行わなければならない。その際には、銅を含めた工業金属が用いられるのだ。
二つ目の「脱」である脱炭素は、一昨年のCOP26以降、西側諸国を中心にその動きが加速している。これも何の投資も行わずに達成できるものではない。
よく「全て太陽光パネルに置き換えれば」「道路に太陽光パネルを敷き詰める」といった意見を目にすることがある。当然ながら、そのための原材料をどこかから調達してくる必要が出てくるわけで、それほど簡単な話ではない。何もせずに、資源も使わずに脱炭素のインフラ整備が進むわけではないのだ。
脱ロシアを進める上でも、脱炭素は欠かせない選択の一つであることは疑う余地はない。ただ、太陽光や風力といった自然エネルギーの場合、一昨年の夏以降に欧州がエネルギー危機に陥ったように、エネルギー供給安定していないところが欠点である。
この欠点を補うために、安定的にエネルギーを供給できる火力発電所を中心に化石燃料によるバックアップが必要になる。
自然エネルギーの欠点を補うために、大容量のバッテリーを整備すれば良い、という意見もあろう。バッテリーは、経年劣化を起こすため定期的に新しいものに交換する必要がある。
バッテリーが幅広く導入されると、一定期間経過した後の交換需要も膨大になるため、ニッケルやリチウムなどの資源需要は今後も増加が予想される。また、同時に電化も進める必要があることから、銅やアルミニウムなどの需要も増加することになる。このことも需要を増加させるだろう。
ちなみに2021年のCOP26で国際エネルギー機関(IEA)が示した銅の需給見通しでは、仮にパリ協定で定められた世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2度よりも充分低く保ち、1.5度に抑える努力をする「持続可能な開発シナリオ」を目指した場合、30年の段階で550万トンの供給不足に陥るとみられている。
これは、現在の需要の約20%に相当する。すなわち、今のペースで脱炭素を進めることは供給面で非常に大きな困難を抱えることになり、コストも上昇が予想される。「経済的な観点から化石燃料に回帰する」ということも有り得る。
三つ目の「脱」、つまり脱中国が価格動向に与える影響が最も大きいだろう。脱中国は実行に困難が伴うかもしれない。
中国は西太平洋地域で実効支配を強める動きをしており、周辺諸国の脅威となりつつある。米国との対立は、安全保障やそれにつながる半導体分野で特に激しさを増している。
中国は01年12月の世界貿易機関(WTO)に加盟して以降、世界の工場としてグローバル・サプライチェーンに組み込まれている。
そんな中、中国政府の意向が特に製造業などの資材調達に悪影響を及ぼすことが増え、この動きはコロナ禍以降加速した。習近平国家主席は「サプライチェーン全体の優位性を継続的に強化し、中国に対する依存関係を強化して外部からの供給遮断に対する強力な反撃力と抑止力を形成する」と発言している。
この状況を看過できないとして、米国政府は中国からのデカップリング(分断)を推進、同盟国にもこの考えに賛同するよう促している。
中国は安価な労働力を有していることが製造業誘致の優位点であった。しかし10年頃に、労働市場が過剰状態から不足状態に陥る「ルイスの転換点」を迎え、安価な農村部の労働力を確保できなくなった。このため、今回の米中対立以前に中国から離脱する企業が増えていたことも事実である。
つまるところ、脱中国を行うためには新たに製造拠点を整備する必要が出てくることを意味し、工業金属需要は増加することが予想される。
このように3つの「脱」が続く中では、銅を中心に工業金属価格は構造的に上昇する可能性が高い。さらに、人口ボーナス期入りしているインドのインフラ投資需要が今後増加することも、需要を押し上げることになるだろう。